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埼玉高速鉄道について

佐藤信之

 

記事:『鉄道ジャーナル』平成107月号掲載

注:入稿後の修正については反映しておりません。また、図・表も省略しています。 

 埼玉高速鉄道は,営団南北線の赤羽岩淵を起点に,鳩ヶ谷を経由して浦和市東郊外の浦和大門までを結ぶ地下鉄計画である。奇しくも大正13年に蓮田〜岩槻間を始めて開業し,昭和11年までに岩槻〜武州大門〜神根間を延長した武州鉄道の路線区間に符合する。この武州鉄道は単線の非電化鉄道で,最終的に赤羽まで路線を延長する計画を持っていた。昭和7年改正の時刻表では,1時間半間隔で,蓮田〜武州大門間を1日11往復した。旅客は主としてガソリン動車が使われたという。開業以来一貫して経営は困難を極め,結局昭和13年には,廃業してしまった。 

計画の経緯

 埼玉高速鉄道は,昭和607月の運輸政策審議会7号答申で,平成12年までに整備すべき路線として認定された。当時着工準備中であった営団南北線の,埼玉県内の延長路線である。東西線の例では,千葉県内深く路線を伸ばした営団が,埼玉県内については別会社を設立することになった経緯が不明である。営団の社史にも記述がない。平成43月に埼玉県をはじめ川口市,浦和市,鳩ヶ谷市のほか,営団,東武鉄道,西武鉄道,国際興業など47団体が出資して,第三セクター「埼玉高速鉄道」が設立された。営団の出資比率は,埼玉県の34%に次ぎ33%であった。そして,同年12月に赤羽1丁目〜浦和市大門間14.6kmの第1種鉄道事業者の免許を取得した.南北線の終点赤羽岩淵から荒井宿の手前まで国道122号線岩槻街道を北上,さらに旧道を進んで武蔵野線東川口から浦和大門に至る路線である。途中東京側から,川口元郷・南鳩ヶ谷・鳩ヶ谷中央・新井宿・川口戸塚・東川口・浦和大門(いずれも仮称)の7駅を置く予定である.浦和大門の手前400mを除いて,全区間地下路線で,駅部分は開削工法,駅間はシールド工法が採用された。 

補助金のフレームワーク

 平成5年度補正予算で,従来公営地下鉄のみ対象とする地下鉄建設費補助が第三セクターに拡大されることになった。名古屋市の名鉄小牧線の都心直通新線である上飯田連絡線とともに,初めての第三セクターに対する地下鉄建設費補助として採択された。

 ただし,地下鉄建設費補助の対象となるのは,赤羽岩淵〜鳩ヶ谷中央間6.2kmだけで,自社工事区間ということになるが,工事は帝都高速度交通営団に委託された。また,鳩ヶ谷中央から浦和大門駅南のトンネル開口部近くまでの8.1kmは,公団P線方式が採用されて日本鉄道建設公団が施工。残りのトンネル開口部近くから車両基地までの0.9kmはP線方式であるが,工事は埼玉高速鉄道が自身が公団からの委託を受ける形で施工することになった。

 当初総工事費は2,591億円と見積もり,建設費の内訳と資金調達の内訳は次のとおりである。

 建設費の内訳

  自社施行区間       90,197百万円
  P線区間(公団施行)   97,920
  P線区間(会社受託)   29,193
  車両費等         18,613
  建設利息         23,173

 資金調達の内訳

 工事費
  出資金       450億円
  補助金       398
  開発者負担金    79 (21)
  自己調達資金    323.6
  P線資金(財投)  922.4
   計       2,173

 開業費

  車両費(借入)   164
  開業準備費     22
    計       186
  建設利息      232
  総建設費      2,591

 なお,開発者負担金は,東川口〜浦和大門間の沿線開発に伴う開発者利益として総額100億円を見込んだが,その内21億円については土地等の無償使用分として総建設費からは控除されている。しかし,後にバブル崩壊後の社会状況の変化により沿線開発のプロジェクトは進展しなかった。

 平成512月自治省の研究会は,「第三セクターの積極的な活用や駅施設の公的負担など財政的な支援措置の拡充が」必要との提言をまとめた。

すなわち,@整備主体について,都市計画との連動も図るため,自治体と鉄道会社や銀行などの共同出資による第三セクターの活用A公営地下鉄に準じた第三セクターへの補助,起債の措置B地下鉄施設をまちづくりの基幹施設と位置づけてトンネルや駅などを公的負担とする財政援助の拡充を求めた。(『交通新聞』平成51217日)

 この考え方をもとにして,平成6年度から自治省による「地下鉄緊急整備事業」が実施されることになるが,実際には第三セクター鉄道に対する適用は見送られた。

 地下鉄緊急整備事業とは,路線の半分を従来どおり地下鉄建設費補助を適用し,残り半分を自治省が起債措置と交付税措置をとることで,地下鉄の建設助成を拡充するというもの。

 埼玉高速鉄道と上飯田連絡線は,この制度の創設にあたり,対象から除外されたことから,路線の半分を地下鉄建設費補助の対象とするとともに,残り半分を日本鉄道建設公団のP線工事として,建設財源への財政投融資資金の投入と,5%を超える金利部分の国による補給が行われた。いずれも運輸省の制度であり,自治省の制度としては,地下鉄建設費補助区間の自己調達資金への転貸債資金の充当と,自治体の出資金に対する起債などに限られた。転貸債とは,自治体が公企業に代わって債券を発行して建設財源を調達するもので,公営企業や第三セクターが直接債券を発行するよりも条件が有利である。 

営団南北線について

 都市高速鉄道7号線の都心側路線である営団南北線については,昭和57年年頃,有楽町線に続く建設路線として検討された。その時は,13号線の池袋以南や8号線の豊洲〜亀有間も候補に上がるが,路面電車が廃止されたことで軌道交通機関が希薄になっていた北区内の交通を改善する目的から,他の2路線を退けて7号線の建設が決定した。また,埼玉県への延伸が計画されており,さらに目黒での目蒲線との直通運転も具体化して,採算性には有利な条件であった.

 しかし,同時に課題も多かった。すでに東京の地下鉄は路線網が成熟化しており,新規路線の需要が見込めないこと,建設費の高騰,車両基地の立地などの問題も提起された.とくに,車両基地については当初赤羽の西方にあった旧軍用地を考えたが,周辺部の住宅団地の住人による反対運動に遭い,営団は地下車庫の方式を提案したものの,決着することはできなかった.

 これら諸問題に対して,編成両数を最大8両編成として施設の規模を縮小。車両基地についても,王子〜岩淵町の中間に位置する神谷堀公園の地下に検修作業の行える小規模な基地を建設することになった.また,本格的な検修は,市ケ谷に有楽町線との連絡線を設けて,霞ヶ関連絡線を経由して千代田線綾瀬工場を利用することとした.

 昭和59年4月に上大崎〜岩淵町間21.0kmの免許を取得。昭和61年2月には,そのうち駒込〜赤羽岩淵間を第1期工事区間として工事に着手した.そして,平成3年11月に駒込〜赤羽岩淵間を開業することになる。

 駒込〜目黒間については,当初平成79月の開業を予定していたが,文化財保護による工事日程の遅れなどで,平成83月に駒込〜四ツ谷間を部分開業させ,さらに99月に四ツ谷〜溜池山王間を開業して,現在に至っている。残る溜池山王〜目黒間は,現在のところ平成11年度の開業を予定している。開業後は,目黒駅から東京急行電鉄目蒲線に乗り入れ,東横線の日吉方面に直通運転する。また清正公前〜目黒間の路線を東京都交通局が第2種鉄道事業者として共用することになり,都営三田線が直通する。 

導水管の併設

 埼玉県内を流れる綾瀬川は,長年水質汚濁全国ワースト1にランキングされる,汚染の深刻な河川である。また,周辺の芝川や毛長川なども,急速に都市化の進む住宅地域を流れる河川として,同様に水質汚濁が深刻化している。

 綾瀬川と芝川は自然の水源を持たず,雨水や農業用水の落し水がゆっくりと高低差の小さい低地を流れるため,水がよどみやすく,水質が悪化しやすい性質を持つ河川である。また,近年の下水道整備では,生活排水の流入を減少させるが,一方で流量を減らして,水質改善に逆効果となっている現状にある。そこで,荒川下流部が都市用水や農業用水の取水がない水利権の問題のない河川であるところに着目して,荒川から取水した水を,埼玉高速鉄道のトンネルを利用して,綾瀬川と芝川の上流部に送水しようと考えた。

 平成711月建設省は,埼玉高速鉄道との間で,荒川の水を綾瀬川や芝川の上流部に送水する導水管を地下鉄のトンネル内に併設する協定を締結した。そして,建設省から導水管工事費に対する負担金が支出されることになった。

 負担金という用語は,受益者が費用の一部を分担する場合や国の直轄事業に対する自治体による負担金の支出を意味するが,その他,国が自治体の事業経費の一部を負担する場合にも使われる。これは,補助金に含まれる概念とされている。しかし,埼玉高速鉄道のケースは,建設省が事業主体であり,事業は埼玉高速鉄道に委託されるが,実際に工事を施行するのは,トンネル工事の施行者である帝都高速度交通営団,日本鉄道建設公団となる。一般的な負担金の定義には該当しないように思われるが,結局は,河川法で規定されている河川工事に対する国の負担分の支出を負担金と呼んでいるのであろう。

 導水管の延長は,芝川までが約16kmで,うち12kmが埼玉高速鉄道のトンネル内に設けられる。1秒間に3m3の送水が可能で,綾瀬川には最大の1.173,芝川1.113,伝右川0.603,毛長川0.123が配分される。 

建設費の見直し

 平成10年3月の埼玉県議会で,建設費が当初予定した2,591億円に収まらないことが判明したとして,405億円増の2,996億円への見直しが報告された。同時に前年9月には3,060億円の試算がまとめられていたことが明らかになったことから,県交通政策課長は,「どれだけ上がるか把握できなかった」と,釈明する場面もみられたという。(『毎日新聞』平成10年3月13日地方版)

 その際提示された2,996億円の内容は次の通りである。

 建設費の内訳

  自社施行区間       109,157百万円
  P線区間(公団施行)   124,720
  P線区間(会社受託)    38,584
  車両費等          15,115
  導水管建設費        9,080
  建設省負担金       13,357
  建設利息           16,272

 資金調達の内訳

  出資金       610億円
  補助金       450
  自己調達資金
   転貸債      226
   開銀借入     283
   市中借入     287
  P線資金(財投) 1,140
   計       2,996

当初計画に比べて,自社施行区間で21%,P線公団直接施行区間で27%,P線会社受託区間で32%それぞれ建設費が増加した。その一方で,車両2編成削減などにより1935億円減少。また建設利息も,自治体による利子補給などで3069億円減少するため,総建設費は16%の増加の2,996億円に落ち着くことになった。

 また,当初計画にあった開発者負担金は,沿線開発の計画が進展しないことから削除され,代わりに市中借入れが大きく増加した。市中借入は短期の借入れが多く,また変動金利で,固定金利の開銀借入れや転貸債より資金コストが低くて済むことから,いきおい大幅な増加となった。これに対して,自治体は,公団P線区間に充当する市中借入れのうち,135億円分について,利子補給を行うこととした。自治体が負担する金利額は,年金利5%と仮定して30年間で総額170億円となると見込まれる。

今後の見通し

 平成10年度末までに駅部の土木工事を終え,11年中にはシールド・トンネル部分を完成させる予定である。トンネル工事の進捗に併せて,1010月から施設工事に入り,1210月にはすべての工事を終了させて,同年度末の開業を期することになる。

 ところで,今年3月埼玉県は,2002年サッカー・ワールドカップの開催で横浜市と誘致合戦を続けている県営サッカースタジアムへの交通アクセスの改善を目指して,車両基地に仮駅を設置する方針を明らかにした。ライバルの横浜国際総合競技場が新横浜駅から800m離れているのに対して,埼玉の県営スタジアムは浦和大門駅から1.2kmほどの距離があって,誘致に不利な条件となっていた。車両基地に設けられる仮駅とは600mの距離となる。建設費は1015億円が見積もられ,県のスタジアム建設局が負担するという。(『毎日新聞』平成10331日地方版)

 また,埼玉高速鉄道の延長問題については,浦和大門からさらに岩槻方面への路線延長が噂されるが,平成102月には,大宮市東部の20自治会が大宮市長に対して,埼玉高速鉄道の埼玉新都心までの延長の要望書を提出した。


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