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東京臨海高速鉄道について

佐藤信之

 

記事:『鉄道ジャーナル』平成106月号掲載

注:入稿後の修正については反映しておりません。また、図・表も省略しています。 

 東京臨海高速鉄道は,現在新木場から東京テレポートまでの4.9kmの臨海副都心線を運行している。沿線の臨海副都心開発も緒についたばかりと,いまひとつ旅客の伸びが見られず,経営も厳しい。ここでは,臨海副都心線のこれまでの開発の経緯と,今後の計画について概要を説明したいと思う。

・臨海副都心線計画のはじまり

 東京都は,昭和62年「臨海部副都心開発基本構想」を発表した。東京港の港湾地区を再開発して,業務地区や住宅地区などから成る複合都市を開発するという構想であった。平成元年には,臨海部の交通アクセスを提供するため,鉄道新線の建設を決定.すでにトンネル,路盤が完成したまま,国鉄改革により国鉄清算事業団の所有となっていた,京葉貨物線の施設を活用することになる。

・京葉線の建設

 京葉線は,昭和36年6月川崎市塩浜から木更津に至る約100kmに及ぶ路線として,鉄道敷設法の予定線に追加された。鉄道建設審議会は,昭和39年9月に工事線に指定され,翌年日本鉄道建設公団の設立に当たり運輸大臣から指示された基本計画の中でも工事線として指定された。

 昭和42年2月にまず塩浜−品川埠頭間の工事実施計画が認可され,48年10月に東海道貨物線の一部として開業した。続いて昭和47年1月に西船橋−蘇我間の工事に着手.昭和50年5月都川−千葉貨物ターミナル間が開業して,とりあえず川崎製鉄の専用線を経由して蘇我駅までの貨物営業を開始した。

もともと京葉線は貨物専用線として計画されたが,後に沿線に造成された海浜ニュータウンの足として,旅客営業が決定した.そして,昭和61年3月に西船橋−千葉みなと間を暫定開業.63年12月には新木場−蘇我間と西船橋までの支線を開業した。さらに平成2年3月に東京−新木場間を延長して現行路線の全区間が完成した.新木場から品川までの区間についても,昭和49年3月に工事実施計画の認可を受け,4月に路盤工事を開始した。

・第三セクターの設立

 平成3年3月,資本金60億円で,そのうち85.5%を都が出資して,第三セクター「東京臨海高速鉄道」を設立した。11月に第1期事業区間として新木場−東京テレポート間の事業免許を取得した。そして清算事業団から施設の譲渡を受けた上で,平成4年3月工事に着手した。

 第1期区間の総事業費が1,280億円であるのに対して,財源は,出資240億円のほか,臨海副都心の開発者である都による開発者負担金63億円,請願駅として設置が決まった東雲駅の建設費の半額11億円を地元が負担する.そして,残り370億円が民間からの借入れとなる。国からの建設費補助や鉄道公団P線方式など,一切の助成を受け入れなかった,近年では珍しい都市鉄道である。その理由は,一つは,平成8年に予定している「世界都市博覧会」に工事を間に合わせねばならなかったこと。さらに,鉄道施設は,日本鉄道公団が公団CD線としてほぼ工事を完了していることから,補助ないし利子補給のフレームワークに馴染まないという判断があったのではないかと考える。

・第1期線の開業

 平成8年3月,新木場−東京テレポート間が開業した。前年11月に開業した東京臨海新交通「ゆりかもめ」とあわせて,臨海副都心の交通網は完成した。しかし,おりしも都知事選挙では世界都市博覧会の開催が論点となり,中止を公約する青島氏が当選した。平成8年4月から半年間の会期で開催される予定であった「世界都市博覧会」は中止され,開発に関連して設立された第三セクターは,大きな痛手を被ることになった。

 平成8年3月に,台場地区の都住宅供給公社の賃貸マンションの入居が開始.4月には「東京国際展示場」オープンして,徐々に都市機能が整備されていったが,第三セクターは軒並み赤字経営という状況であった。

 東京都が出資する臨海副都心関連の第三セクター6社は,1997年度累積赤字の合計が800億円を超える見込みとされた。そして東京臨海高速鉄道は1997年度3,400億円,累積7,700億円が予想された。さらに,東京臨海副都心建設,東京テレポートセンターは債務超過に陥ることになる。竹芝地域開発はすでに1996年度に債務超過となっていた。(『朝日新聞』平成9年9月18日)

・第2期線計画の概要

 臨海副都心と並ぶ大規模な都心再開発事業である新宿副都心とを結ぶ第2期工事が計画された。臨海副都心線を東京テレポートから大崎まで新線を建設し,JR東日本の埼京線との直通運転を想定している。

 平成6年3月,東京テレポート−大崎間約7.3kmの鉄道事業免許の申請を行った。すでに完成している東京湾トンネルを越えたところで京葉線ルートを離れて,途中天王洲,東品川,大井町を経由して大崎駅に至る。当初平成6年度中の工事着手を予定していたが,結局平成8年3月まで遅れることになる。

 第2期区間は,建設総額2,900億円で,内400億円を出資,開発者負担金219億円,地元企業からの工事負担金170億円,銀行借入れ101億円で,残り2,000億円は日本鉄道建設公団のP線工事として,公団の資金が充当される。この資金は,公団からの譲渡を受けた後,25年賦で運賃収入の中から返済される。また,地元企業からの負担金は,東品川周辺の再開発に関連してJTから,また天王洲の進出企業が新駅建設について半額を負担するというもの。東品川から大井町と大きく迂回ルートを採る理由は,負担金の受け入れが見込めることと,需要喚起に繋がることから決められたという。

・将来構想

 将来は,西船橋での京葉・総武連絡線の構想が実現すれば,臨海副都心線を経由して,羽田空港と成田空港間を結ぶ特急列車の運転が可能となる。また,京葉線貨物化プロジェクトの将来構想では,東京貨物ターミナルまでの延長を計画していることから,いずれの日にか臨海副都心線でNEXや貨物列車の姿を見ることになるのであろう。 


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