RAILLINKs.jp

常磐新線の建設について

佐藤信之

 

記事:『鉄道ジャーナル』平成105月号掲載

注:入稿後の修正については反映しておりません。また、図・表も省略しています。 

 昭和60年7月運輸政策審議会第7号答申で,昭和75年までに整備すべき路線として,東京を起点に北千住を経由して守屋町南部までの路線が盛り込まれた.さらに,将来は筑波研究学園都市までの路線延長を検討するとされた.この路線が常磐新線である.当時は,首都圏への人口の集中が続くと同時に,都心の地価の高騰から人口の周辺への拡散が進行していた.

 当時の国鉄は,近郊路線の輸送力増強のために列車を増発.東海道貨物線を活用した「通勤ライナー」の新設.東北貨物線の旅客線化が実施された.しかし,さしあたり大規模な輸送力増強策が見込めない常磐線快速と総武快速線では,朝混雑時間1時間の平均混雑率は270%に達する状況であった.総武線については,後に京葉線の東京乗り入れを実現して外房線,内房線からの快速,通勤快速を直通運転.また都営新宿線の開業と武蔵野線の京葉線直通で近距離区間での旅客の転移もあり,殺人的混雑は緩和される方向に進んだ.そして,常磐線の混雑緩和の切り札として期待されたのが,この常磐新線であった.

基本フレームの策定

 早速常磐新線建設について,検討がはじめられたが,おりしも国鉄改革が大詰めを迎えていた時期に重なったことから,国鉄はこの検討の場には参加せず,運輸省と関係自治体,東京都,埼玉県,千葉県,茨城県の間で協議が進められた.その結論は,1都3県,JR東日本,日本開発銀行が出資して第3セクターを設立して,建設主体とすること.運営主体はJR東日本に要請するというものであった.

 しかし,JR東日本は,これに対して,建設費が見込みの4000億円を超えることは自明であること.地価高騰により沿線の開発が遅れて,採算が取れない可能性が大きいこと.公的助成,地方自治体の支援についてつめられていないことを理由に,出資を断ることになる.

 昭和62年9月には,運輸省,各自治体,JR東日本をメンバーにして,「常磐新線整備検討委員会」が発足.翌年11月に「基本フレーム」が取りまとめられた.その内容は,@開業時期を平成12年とすること.A整備主体は第3セクター,運営主体はJR東日本とすること.B秋葉原−筑波研究学園都市間を第1期工事とし,建設費を約6,000億円と見積もること.C建設費のうち,600億円を出資金で,900億円は用地費として自治体が負担する.D国の助成は,北千住以南が地下鉄建設費補助,北千住以北は鉄道公団P線方式とすること.E基金を設けて,運用益を建設費用に充当,元金は運営上の収入不足を補填するために取り崩すこと.F地方自治体は用地の先行取得を進めることなどである.当初の構想では,東京−守谷町間が第1期区間となっていたが,都心部の工事費が嵩むため起点を秋葉原に変更.未開発地域の多い茨城県内の区間を同時に開業することにより,住宅開発の効果が期待できるとして,第2期線としていた守谷町−筑波研究学園都市間が第1期区間に格上げされた.

 この基本フレームに基づいて,運輸省,建設省,自治省は新法の制定作業を進め,平成元年6月「大都市地域における宅地開発及び鉄道整備の一体的推進に関する特別措置法」いわゆる宅鉄法が成立した.しかし,国の助成策についてはすんなりとは決まらなかった.平成2年には,スーパーP線方式として,鉄道公団が工事を実施し,4%を超える利子を国が補給するという現行のP線方式の修正案が提起された.完成後鉄道事業者に譲渡されるが,譲渡代金の支払いはP線方式の25年に対して国鉄CD線と同じく40年間とするというもの.『運輸と経済』誌1989年10月号に鉄道公団の幹部職員が「都市鉄道新線建設の財源とその課題」と題する所論を寄せ,修正P線方式について解説しているが,そこでは,利子補給の他,総建設費6,000億円の30%,1,800億円を地方公共団体と開発者が負担することとしている.宅地開発と一体的に建設される常磐新線がいわばニュータウン新線と同じであると考えて,ニュータウン新線に対する建設費補助金に相当する額を開発者が支出するというもの.これら手厚い助成策を講ずることにより,29年目に累積黒字に転換すると結論付けていた.

 しかし,この内容がJR東日本が主張する開発利益の還元などの,国の助成制度の思い切った転換を意味しないことから,JR東日本は,この事業への参加に慎重な立場を示すことになる.

 これに対して,自治体側は,JR東日本の出資比率を10%未満とすること.JR東日本に運営を委託する形とすること.営業損失に対して第3セクターが補填することなどの条件を提示したが,国の予算の裏付けがある訳ではなかった.

 このような議論が続く中で,運輸省は,平成2年1月,常磐新線を南流山から松戸に支線を設けて,建設が予定される半蔵門線に直通させる案を提示した.常磐新線の採算性に疑問を持つJR東日本の要望によるものであるという報道があった.運輸省は,秋葉原−南流山間についても将来建設することを示したが,沿線自治体からの強硬な反対を受けて,立ち消えとなってしまった.

助成のフレームワーク

 折りしも,日本の大幅な対米貿易黒字の問題で日米構造協議が開かれ,日本側に対して内需の拡大が要求された.政府は,平成2年「公共投資基本計画」で当初10年間に430兆円を約束,後に630兆円に拡大したが,これが常磐新線の計画を加速されることになった.平成3年,鉄道整備基金が設立され,常磐新線に対して建設費総額の40%について無利子融資されることが決まった.さらに,地方自治体に対して同程度の無利子融資を求めたことで,20%の出資金を除く工事費の全額に無利子の資金が充当されることになった.また,自治体による出資金と無利子融資の資金として地方債の起債も認められた.

 平成3年3月に第3セクター「首都圏新都市鉄道」が設立され,10月には各自治体が策定した宅鉄法に基づく「基本計画」が認可された.この基本計画は,自治体が区画整理事業と鉄道建設の計画を一体的に策定したもので,鉄道計画に自治体が関わることになった画期的なできごとであった.しかし,現実には,鉄道計画は,運輸省と第3セクターが決定したものであり,それを基にして自治体は基本計画を策定して,各都県が同時に申請することが要求された.

 さらに,いわゆる宅鉄法は,土地区画整理事業地区で先買いした用地を換地によって鉄道用地に集約することができることになったのが特徴である.また地方公共団体による鉄道整備に対する支援措置が規定され,常磐新線のケースでは,自治体が用地を取得して,建設を担当する鉄道公団に譲渡する形で,鉄道整備を支援することになった.

首都圏新都市鉄道の設立

 首都圏新都市鉄道は,授権資本が56億円.会社設立時には千葉県と埼玉県が3億円,東京都と茨城県が4億円ずつ出資して,払込み資本金14億円でのスタートとなった.株主は,平成4年9月現在,東京都,埼玉県,千葉県,茨城県,千代田区,台東区,荒川区,足立区,八潮市,三郷市,流山市,柏市,守谷町,伊奈町,谷和原村,つくば市の16自治体である.これら市町村を合わせた各県の出資割合は,東京4に対して埼玉1,千葉2,茨城3とすることが決められた.一方,JR東日本は,第3セクターへの出資を見送り,また経営主体となることにも同意しなかった.計画発表により,地価が上昇し,建設費用が大きく脹らむことが予想されること.鉄道事業者に沿線開発の機会が与えられないため,開発利益の鉄道整備への還元の途が閉ざされていることなどにより,経営リスクが大きいと判断したためである.その結果,首都圏新都市鉄道は,平成4年1月に第1種鉄道事業者の免許を取得.自ら鉄道を運営することになった.現在まで,民間事業者の出資を勧誘しているが,実現を見ていない.

 まず秋葉原−新浅草間の手続きを進め,平成6年10月に秋葉原駅前で起工式が開かれた.

 常磐新線は,秋葉原−つくば間58.3kmの軌間1067mmの複線鉄道で,秋葉原−守谷間を直流1500V,守谷−つくば間を交流20000Vで電化する.途中,元浅草,新浅草,南千住,北千住,青井,六町,八潮,三郷中央,南流山,流山運動公園,流山新市街地,柏北部中央,柏北部東,守谷,伊奈谷和原,萱丸,葛城の各駅を設置することになる.さらに,平成8年葛城−萱丸間に「島名」駅の計画が追加された.農業振興地域のため,基本計画には盛り込めなかったが,平成6年に指定が解除されたため,基本計画が変更されたもの.建設費用は20〜30億円と見積もられ,3分の2がつくば市,残りを茨城県が負担する予定である.

区画整理事業について

 宅鉄法に基づく常磐新線の基本計画では,沿線の市町村を大量の宅地開発が見込まれる地域として「特定地域」に指定.特に駅周辺については,重点地域として,鉄道建設と合わせて,計画的に整備を行うこととされた.

 土地区画整理事業については,埼玉,千葉県では県と市のほか住宅・都市整備公団や県住宅供給公社などが分担することになるが,茨城県内については,当初すべて県など自治体が事業主体であった.しかし,後に茨城県が事業主体となって用地買収を進めていたつくば市内の4地区うちの葛城と萱丸の2地区の開発について,県はノウハウの豊富な住宅・都市整備公団に事業主体を要請.平成9年に実現した.

 住宅・都市整備公団や地方自治体による土地区画整理事業は,原則として地区面積の40%以上を買収して,みずから土地所有者となるとともに,事業施工者として,事業計画の策定,換地処分などの手続きを行うというもの.事業が施工者のペースで進められることから,地権者の私的利益ではなく広く公共の利益に基づく施工が可能となる.しかし,その反面地権者の意思が反映しにくいことから,強硬な反対を招きやすいという欠点がある.

 ちなみに,土地区画整理事業には,その他,公団,自治体が区画整理事業の費用を負担する代わりに保留地を取得する行政庁施工土地区画整理事業.土地の一部を取得して,一地主として事業に参加する組合施工土地区画整理事業.地区内のすべての土地を買収して施工する一人施工土地区画整理事業などがある.(『日本住宅公団史』303頁)

茨城県内での用地買収

 茨城県内では,県が主体となって土地区画整理事業を実施することになった.県は,平成3年度,「つくば都市整備局」を設置して用地買収に着手したが,つくば市では,県が示した地区内の用地の4割を先買い,さらに4割を減歩するという開発案への反発に遭遇する.もともと茨城県内の開発地域というのは農業の比重の高い地域であるため,土地の8割までも提供してしまうと,もはや農業を続けることができないとして反対した.

 一方では,もともと交通の便の悪かった谷和原,伊奈地区では,住民は常磐新線に対して比較的好意的で,すでに90%の用地買収を済ましていた.これらの地域との釣り合いを取るためにも,条件の変更はできなかった.

 そこで,平成3年6月,県は既存集落,集落周辺の農地,屋敷林,開発区域の端にあった工場を対象地域から除外.つくば市内の開発面積を1970ヘクタールから1650ヘクタールに縮小した.また,鹿島開発での地域振興策に習って,土地改良事業の補助率の上乗せ.代替地の農地造成に補助.商工業に転業する者に低利融資.職業訓練期間に手当てを支給するなどの農業振興対策を提示した.

 平成6年までに,大部分の地権者から買収の合意を得ることができた.最後に日本自動車研究所のテストコースの移転問題で難航したが,結局,平成8年常北町と桂村にまたがる山林約300ヘクタールに移転することが決まり,茨城県内での用地買収が一段落を見ることになった.

 また,関東鉄道との接続駅となる守屋駅では西口のみ設置する予定であったが,住民や町議会から東口の設置の要望に対して,会社との交渉がもつれ,一時地元と会社の関係が険悪化することがあった.

 平成7年,守屋町に設置される車両基地の用地買収が終了したことから,7月に工事に着手した.20ヘクタールの用地に収容能力280両の車両基地が建設され,本線とは400メートルの引込線で結ばれることになる.

 また,平成7年には水海道市議会は,関東鉄道の全線を電化して,常磐新線と直通運転することを,県知事に要望した.しかし,中小私鉄の大規模プロジェクトに対する公的助成のは,近代化補助金による国,自治体による4割程度の補助金に止まることから,残りの関東鉄道の負担分の軽減策が講じられない限り,実現は難しいであろう.

千葉県内の用地買収

 千葉県内では,流山市と柏市が鉄道建設と一体的に整備される重点地域である.これらの地域では,鉄道建設に着手するためには,公共用地・鉄道用地の先買い,土地区画整理事業の完了が前提条件となるが,住民の反対に遭って,総じて手続きは遅れている.

 反対の理由としては,公共用地として3割の土地が先買いされ,さらに4割が減歩されることになると,農業が成り立たないというものであったが,さらに,既存市街地の住民からも,宅地面積が減少することへの反対.自然環境の保全などが要求された.流山市では,平成8年「住みよい流山をつくる会」が,1500名余りの土地区画整理事業区域からの除外.鉄道の地下化.稀少動物である「オオタカ」の生息する市野谷の森の保全を申し入れた.もともと南流山駅は地下構造であり,市野谷の森の事業地域からの除外が認められたことで,5地区のうち4地区で住民参加の協議会が設置され,合意形成が進んでいる.一方,柏市では,市街化地域への編入による税負担の増加による生活の圧迫.区画整理事業による自然破壊に対する反対.さらに市への財政的負担の増加に対する反発であった.

 県は,当初の両地域での同時都市計画決定,鉄道工事着手の方針を改め,流山市について先行することになった.

 流山市は,平成9年度内に都市計画決定を済ませ,10年度には土地区画整理事業に着手する予定である.柏市については,平成11年度の事業着手を目指すという.

計画見直し

 平成8年12月,運輸省は,開業予定を2005年にずらし,建設費も1兆500億円程度に増加する見通しを示した.また,開業当初の輸送需要を1日当たり47万4千人から32万7千人に.沿線開発の熟成時についても,62万5千人から48万8千人へと下方修正した.そのため,運賃を「JR並み」から「JRより高め」に改めて収入増を図り,国と自治体からの無利子融資の据え置き期間を一律5年から,国6年,自治体8年に延長して資金コストを引き下げることになった.さらに編成両数も10両編成から6両編成に変更して,運営コストを削減する計画である.また,つくば駅近くの刈間集落を通る地下トンネルを1500mから750mに短縮して,工費の削減を図るという.

 工事費の増加により,各都・県・市・町は,出資の増額を求められることになったが,一部自治体では,議会が負担増に反発しており,すんなりとは決まりそうに無い.つくば市では,資金を捻出するために,市の食糧費を切りつめる決定をした.また,都・県は無利子貸し付けについても,同様に負担額が増加することになる.

 また,各自治体とも鉄道用地を先行取得しているが,完成時期の5年延期で金利負担が脹らむことになる.しかし,近年の地価の下落により,鉄道公団への譲渡価格に金利を転嫁させることは難しいと思われ,自治体の負担が拡大することが心配されている.また,鉄道建設工事費用についても,構想段階の4000億円から1兆円を超すまでに増加しており,さらに拡大することが危惧されているところである.

 鉄道建設までのタイムスケジュールは,先買い,都市計画手続き・決定,区画整理事業実施と進む.そして,自治体が鉄道用に先買いした土地が換地により鉄道用地に集約されて鉄道公団に譲渡され,鉄道工事に着手するという段取りをたどることになる.最後に残った柏市の都市計画決定が1998年に済めば,1999年には全地域の区画整理事業に着手することになり,2001年までに鉄道用地を確保することができる.さらに,2003年には路盤工事を終え,2005年の開業を迎える計画である.


モノレールと新交通システム グランプリ出版 2310円込

RAILLINKs.jp