RAILLINKs.jp

豊橋市における路面電車施設改善プロジェクト

佐藤信之

 

記事:『鉄道ジャーナル』平成912月号掲載

注:入稿後の修正については反映しておりません。また、図・表も省略しています。 

 熊本市営の路面電車にLRVが導入されて,マスコミに大きく取り上げられた.路面電車の再生に結びつくことが期待されるが,1両数億円のこの車両をどの事業者も導入できる訳ではない.運輸省と自治体による近代化補助金の対象となるのであろうが,補助されるのは4割に止まる上に要件として固経常損失を生じているか固定資産経常利益率が5%を下回ること求めているため,将来も有望な健全経営を続けている民営事業者が排除されることになってしまう.現在でも各地で路面電車が生き延びているが,良く健闘しているのは,とくに広島電気鉄道や長崎電気軌道のように民営の事業者である.また自治体による近代化補助金については事業者にとって制約が多く,また屈辱感を抱く事業者もあり,資格はあるのにあえて交付を受けないというケースも多い.

  豊橋鉄道は,鉄道線として渥美線を運営するほか,市内線・東田本線を経営している.駅前〜赤岩口間と井原〜運動公園間の合わせて5.3kmの路面電車である.日中には駅前から競輪場前,運動公園前,赤岩口までそれぞれ21分間隔で運行し,競輪場まではあわせて7分間隔となる.国道区間を中心に交通信号による障害が大きく,最高35km/hというものの,10km/hを下回る区間もみられる.並走する路線バスにくらべて利用は良いようだが,魅力のある都市交通機関としては,優先信号機の設置や車両の取り替えなど,改善の余地がある.

 建設省は,平成9年度路面電車走行空間改善事業を創設し,最初の事業として豊橋駅前の整備事業に伴う停留所移設に適用した.この助成制度は,路面電車再生の切り札のように持ち上げられ,また初の民間企業のプロジェクトに対するインフラ補助として噂されているが,現地に行ってみると,実際にはかなりイメージの違うものであった.

 路面電車走行空間改築事業とは,街路事業に対する従来の国庫補助のフレームワークを拡大したものである.都市モノレールや新交通システムに対するインフラ補助もまた,軌道を親街路に付随する子街路と位置ずけすることにより,街路事業として推進されている.街路として整備されるのは,走行路を構成する路盤までが対象となり,この部分をインフラストラクチュアと呼ぶ.それ以外の軌道,架線,駅,車両基地などは鉄道・軌道事業者が整備しなければならない.インフラの建設費には,国の直轄事業に対しては3分の2,自治体の事業に対しては2分の1が道路整備特別会計から補助されるが,現在国営の都市モノレールや新交通システムがないので,全て2分の1の補助率が適用されている.

 路面電車走行空間改築事業は,自治体によって組織された路面公共交通研究会による国への要望によって実現した制度である.豊橋市の場合には,豊橋市が事業主体となり,軌道事業を経営する豊橋鉄道が施工する.

 この制度は,当初アナウンスされたような軌道事業整備補助金のような路面電車への建設費補助金とは若干性格が異なるようである.補助対象となるのは,街路の構造と重複する舗装面と,街路の路盤と想定する軌道の道床に限られ,レールや枕木は対象からはずれる.新交通システムのケースにほぼ対応するが,路面電車1km10億円とされる路面電車の新線建設費に占める補助率はごく微々たるものに止まることになる.また街路上に設けられない新設軌道についてはこの補助制度には乗らないことになってしまう.新設軌道や高架方式の場合には新交通システムの補助制度の枠組みがそのまま適用できそうだが,現状では,その前提として公営あるいは公共出資50%以上が要件となる.欧米都市に見られる路面電車の地下化については,新交通システムである広島高速交通の都心部での地下区間が建設省の新交通システムに対するインフラ補助のフレームワークが採用されず,運輸省の地下鉄建設費補助が適用されたので,路面電車の地下化への建設費補助金導入の先例を失してしまった.

 今回採択された豊橋市のプロジェクトは,豊橋駅東口駅前整備事業の一環として,駅前広場の入り口で終わっている豊橋鉄道の市内線を駅前まで150m延長するというものである.しかし,このプロジェクトは,新線建設とは位置づけていない.あくまでも駅前整備事業に伴う停留所の移設となっている.もともと市内線は駅前を抜けて市民病院まで直通し,停留所は駅前正面にあった.それが駅前広場を整備するために1969年に休止,1973年廃止されたという過去を持つ.いわば市の事業の都合で移動された停留所が,元の地点に復帰するにすぎないという解釈もできる.駅前広場の上に人口地盤が架けられ,バス乗り場と並んで乗車ホームと降車ホームに挟まれた,頭端式1線構造の路面電車の停留所が設けられるという計画で.路面電車の停留所移設に係る総事業費は3億5000万円である(豊橋市都市整備部都心整備対策課).

 新線建設としては,1982年豊橋鉄道は,井原−岩田運動公園間の600mを開業させた.日本で最も新しい路線である.これは豊橋市が運動公園を建設するにあたり,アクセス交通として路面電車の軌道を併設した街路を新設したというもので,街路の建設費は市と県が,軌道の引き込み費用の半分を市が負担した.豊橋市の路面電車に対する好感度を背景にして実現した新線である.路面電車は,自治体の意向を反映して多くの都市で廃しされたが,維持することを選択した路面電車は,自治体の積極的な支援が欠くことのできない条件となっている.

  豊橋市は,平成元年に建設省の「都市景観形成モデル都市」に指定され,豊橋市役所を丁度中心とする豊橋駅を含む市街地が重点地区に指定された.平成2年にシンボルロード・駅前大通り(県道)の景観整備として電線類地中化を実施,架線を支持する電柱が廃止されることから,線路間に簡単な中央分離帯を設けて架線柱を設置するセンターポール化を実施した.

 また,建設省の道路局,都市局,建設経済局が担当する街並みまちづくり総合支援事業の1つに都心交通改善事業がある.歩道橋や鉄道駅の連絡通路,歩道の整備などを対象としていたが,平成7年には路面電車の架線柱のセンターポール化,8年には停留所のシェルターに対象事業が拡大された.この街並みまちづくり総合支援事業は,一般会計から支出される市街地整備事業であり,道路整備特別会計から補助される街路事業とは異なる.豊橋駅の整備事業では,東口と西口を結ぶ連絡通路と東口駅前のペデストリアンデッキが都心交通改善事業として建設省の補助金が交付されている.

 その他,東八町交差点−西八町交差点間約1kmの国道1号線区間について(停留所では市役所前〜豊橋公園前〜東八町間に相当),建設省の名古屋国道工事事務所は,平成4年度豊橋道路整備事業に着手した.平成4年度に車道のコンクリート舗装の工事を開始.5年度からは共同溝を埋設して電線類を収容するキャブシステム工事を進めた.キャブシステムの進展に合わせて6年度と7年度で路面電車の架線柱のセンターポール化を実施した.この区間新たに25本の架線柱を設置したが,この費用1億8000万円のうち,クレードアップ分として1億3000万円を市が負担,残り5000万円について9割が国,1割が事業者の負担となったという.グレードアップとは,建設省の助成は安上がりなコンクリートポールを使用した場合の建設費に限定され,豊橋市が採用したような洒落たデザインの照明具を備えた豪華なポールについては,差額が,この事業の場合には豊橋市が負担することになった.いっぽう新川交差点から西八町交差点間の国道259号線についても平成7年度から8年度にかけてセンターポール化が実施された(豊橋市土木部道路維持課).

  建設省の助成制度は,極めて複雑なものになっている.大きく分けて,一般会計によるものと,道路整備特別会計によるものがある.また道路整備特別会計には国の直轄事業と地方の事業に対する補助事業がある.豊橋市では,建設省の都市景観整備事業として,駅前大通り,国道

259号線,国道1号線の景観整備と豊橋駅前整備など総合開発事業が推進されてきた.これに対して,道路整備特別会計の街路事業と一般会計の街並みまちづくり総合支援事業として国によるさまざまな助成措置が講じられている.監督事務を担当する部署についても,道路局,都市局に分散されており,全体の制度を把握するには複雑すぎる.

 駅前停留所移転は,新交通システムや都市モノレールと同じ街路事業の助成制度に基づいているが,この制度は,街路構造とはまったく異なる新交通システムや都市モノレールの下部構造を街路の一部と想定して助成するというものである.それに対して,今回の路面電車走行空間改築事業は路面電車の軌道構造のうち街路構造と重複する部分について助成するということで,積極さの意味において大きな差がある.

 路面電車は,地方中小都市に特性を持つ安価な都市交通システムとして期待されていることから,システム全体にわたる建設補助制度の整備が望まれる.その場合にも,運輸省の鉄道軌道整備法の新線補助の規定に抵触する恐れがあるが,かつて軌道(路面電車)の新線補助のケースはなく,むしろ財源の潤沢な,建設省の道路整備特別会計による補助制度とするのが適当ではないだろうか.

モノレールと新交通システム グランプリ出版 2310円込

RAILLINKs.jp

_