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 名古屋市におけるガイドウェイバスについて

『鉄道ピクトリアル』46巻12号、1996年掲載。

 かつて西ドイツ(当時)のエッセン市で実験中であっ
た"SPUR BUS"について本誌で紹介したことがある.
"SPUR"とは,ドイツ語で2条のレールを意味し,日本で
もスキーのシュプールで馴染みのある単語である.英語
圏ではガイドウェイバスと呼ばれ,軌道とバスの2つの
交通モードを兼ね備えるデュアル・モード・システムで
ある.小さな案内車輪をつけた路線バスが,ガイドウェ
イ上を路面電車のように走行するというもの.
 エッセン市では,都心と郊外部の間に専用のガイドウェ
イを建設し,郊外では一般の街路を,また都心部では
"S-BAHN"の地下鉄路線に乗り入れるという構想であった.
現在ではドイツのみならず,オーストラリアやブラジル
でも営業運行をおこなっている.
 今度,日本でも名古屋市でこのガイドウェイが実現す
る運びとなった.名古屋市以外の地方都市でも検討され
たが,結局新しい公共交通システムの導入に意欲的な名
古屋市のプロジェクトだけが進行していた.
 名古屋市は,路面電車廃止以後,地下鉄と路線バスで
都市交通を賄ってきた.しかしながら路面電車の機能を
完全に地下鉄と路線バスで代替できるものではなかった.
新しい路線バスのサービス形態を模索しつづけ,幹線バ
ス,高速バス,基幹バスなど,在来の路線バスとは一味
ちがった,路面電車的な要素を加えたバスシステムを相
次いで実現してきた.
 幹線バスとは,複雑な運転系統を大まかに集約して日
中でも10分間隔で運転する,高頻度の幹線路線バスであ
る.大阪市などで実施しているゾーンバス・システムの
場合幹線系統と支線系統との間で相互に乗り継ぎ割引を
実施しているが,名古屋市の場合にはゾーンバスの考え
方はない.高速バスとは,都心栄から名古屋市南郊緑区
の森の里団地までを結ぶ都市高速道路を経由する路線で
ある.郊外の団地と都心を途中ノンストップで直結させ
るという意欲的な路線であったが,結局1系統のみで終
わってしまった.基幹バスとは,優先信号機や専用レー
ンを路線全体に設置して,運行速度の向上を図ったもの.
昭和57年3月28日に栄〜星崎間の基幹1号系統東郊線の
運行を開始.つづいて昭和60年4月30日基幹2号系統新
出来町線栄〜引山間を新設した.
 基幹1号系統は,栄〜星崎間10.46kmのうち円山〜星
崎間6.75kmにバスレーンを設置,識別を容易にするため
にカラー舗装した.しかし道路の幅員不足のため従来ど
おり道路の歩道側にバスレーンを設置.華々しく登場し
た割りには目新しさが乏しいという感想を持ったもので
ある.それが,新出来町線では,道路の中央にカラー舗
装した専用レーンを設け,停留所はかつての路面電車の
ような安全地帯方式が採用された.また,1号系統では
名古屋市交通局のバスだけが対象であったが,2号系統
では名古屋鉄道のバス(本地ケ原線)も乗り入れ,また
都心側では基本系統をはずれて交通局のバスは名古屋駅
前,名鉄バスは名鉄バスセンターまで直通している.中
央走行方式に加えて構想の段階では連接バスの導入も検
討されたことから,まさに路面電車のイメージの強い,
路線バスというよりは新しい路面交通システムという位
置づけであった.最終的に8路線81.4kmに設置する構想
をもっていたが,現在までのところ2路線が実現したに
すぎない.
図 基幹バス構想路線
 大都市から路面電車が消えて地下鉄と路線バスがその
機能を代替した.しかし,地下鉄は高速度,高頻度輸送
が可能であるが,駅間距離が長く,またハンディキャッ
プを持つ交通弱者には地下駅の施設は不便である.路線
バスはというと停留所間隔が短く,また路面で乗降可能
ということで,交通弱者向きかというとかならずしもそ
うとはいえず,乗車するバスを確認しにくい,運転士の
技量にも依存することではあるが立ち客はカーブで振ら
れ,頻繁なブレーキングで前のめりになることになる.
 公共交通として必要な要件は,時刻表とおりに運行す
ることによる信頼性,信号の停止やブレーキングの少な
いことによる快適性が求められる.さらに,交通弱者に
とって便利な交通手段とは,歩道と同じ平面で乗降する
ことができること.走行中の揺れが少ないことである.
まさに欧米で新しく再生した路面電車,LRTの発揮す
る特性である.
 日本で路面電車が廃止されていた頃,ヨーロッパの路
面電車とくに西ドイツでは連邦政府による近距離公共交
通の再生プロジェクトが進められた.車両の性能は向上
し,都心の線路は地下路線に置き換えられ,郊外の住宅
地へ路線が延伸された.ドイツの都市はベルリンやハン
ブルクなどの例外的大都市をのぞき中小規模の都市が分
散しており,日本の電鉄に相当する路線が路面電車程度
の輸送力で賄えるという事情が幸いした.ケルン〜ボン
間にはライン川沿いと山側にそれぞれインターバン路線
が走っているが,かつては近郊タイプの電車が2両で,
現在ではいわゆるボンタイプの2両連接の路面電車が2
両連結で運行している.ただし,残念ながら中規模都市
まで,都心部での地下鉄化が進み,かつての駅前ロータ
リで乗り降りできたのにくらべて便利さが損なわれてし
まった.その点,オスロの駅前通りは,自動車の乗り入
れは禁止され,歩行者天国を路面電車がゆったりと走り
抜けていく,市街電車の理想的姿を見せてくれる.

デュアルモード・バス
 デュアルモード・バスとは,大量輸送という軌道系公
共交通の特性と面的なネットワークの広がりという路線
バスの特性を組み合わせた公共交通機関である.都心部
に高架道路を建設し,自動的にステアリングされたバス
が時には連結して,せいぜい路線バスが表定速度15キロ
で走行しているのにたいして25〜30キロの高速で運行す
ることができるという.ちょうど東京,横浜,大阪,神
戸で運転中の新交通システムの速度に相当する.
 また,郊外部では高架軌道から降りて一般の街路を,
通常のバスとなんら変わることなく走行できるので,終
点でバスに乗り換えるという煩雑さがない.
 建設費についても,新交通システムや都市モノレール
が1km100億円かかるのにたいして約30億円と安上がり
である.高架軌道は車両幅のコンクリート桁と簡単な案
内レールがあれば十分であり,上部構造物がきわめて簡
単であるというのも特徴である.さらに高架施設は,あ
らかじめ準備しておきさえすれば容易に新交通システム
へ転用することも可能である.
 軌道と道路の両方に通用するデュアルモード・システ
ムの研究は古く,今日のデュアルモード・バスについて
も,早くから建設省の土木研究所による実車走行試験も
行われ,実用化が模索されていた.しかし,実現には技
術面よりむしろ制度的な問題が障害であった.準拠する
法規については,軌道法と自動車運送法あるいは道路運
送車両法の関係,運輸省と建設省の監督権限の調整など,
多くの課題が解決される必要があった.
 最終的に,高架軌道は軌道法で運輸省と建設省の共管,
一般街路上は道路運送法により運輸省の管轄とすること
に落ち着く.また車両は鉄道車両と道路運送車両の両方
から規制されることになり,かつて同様に一般街路を走
行したトロリーバスにはなかったナンバープレートが付
くことになる.

名古屋市志段味線
 名古屋市では昭和61年度にガイドウェイバス導入の検
討を開始,63年2月名古屋市基幹公共交通網調査委員会
答申として具体案が提示されることになる.
 実際に事業化が進むことになったのは制度の調整が済
む平成6年のことで,3月に軌道法により特許申請,4
月に事業主体として第三セクター「名古屋ガイドウェイ
バス」を設立した.10月に大曾根〜志段味支所間11.3km
の軌道事業の特許を取得.平成7年度に工事に着手した.
路線図
駅配置図
大曾根駅
小幡緑地駅
 名古屋ガイドウェイ株式会社は資本金30億円(授権資
本)で,名古屋市が53%,車両を運行する名古屋市交通
局,名古屋鉄道,ジェイアール東海バスが各10%ずつ.
その他,中部電力,トヨタ自動車,金融機関などである.
 高架軌道などのインフラは都市街路の付帯構造物とし
て名古屋市が建設,車両ほか運転関係施設のインフラ外
は第三セクターが用意する.また名古屋ガイドウェイバ
スが経営を行うが,実際には名古屋市交通局,名古屋鉄
道,ジェイアール東海バスにたいして運行委託が行われ,
車両も各社が調達することになる.
 また,インフラ建設については,現行の新交通システ
ムにたいする財政支出同様に公的資金が投入される.
 平成11年度には開業し,平成20年の想定で,1日利用
者36,000人,朝ラッシュ時1分40秒間隔,昼間4分間隔
で運行するという.

おわりに
 ようやくガイドウェイバスが現実のものになることに
なった.路線バスを大都市内で活性化するためには,他
の自動車と分離された走行環境が必要である.その解決
策としては同じく名古屋市の基幹バスのような専用レー
ンを設置するケースがあるが,しかし,かつての路面電
車とほとんど変わらない発想であり,それならば路面電
車を廃止せずに自動車乗り入れを禁止して,優先信号機
を設置していればよかったものを,と思わずにいられな
い.
 ガイドウェイバスは,この点,高架軌道に上がること
により自動車との完全な分離が実現することで,都心部
でのバス活性化策としては理想的であろう.しかも,郊
外部では,高架軌道をはずれて一般街路を走行すること
により路線バスの特性を活かすこともできる.
 しかし,今回の路線の都心側が大曾根で切れてしまっ
ているのが残念である.将来は基幹2号系統の大曾根〜
栄間をガイドウェイに改築,栄か大津通にモード・イン
ターチェンジを設けて名古屋駅,名鉄バスセンターへの
ルートを確保するのが望ましい.在来の車両も簡単な案
内輪を付けるだけで対応できる.地方の各都市でもバス
レーンを設ける発想で部分的にガイドウェイを建設する
ことにより,都心部での交通問題解決の助けとなるので
はないだろうか.

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